合資会社もなみソフトウェア
October 13, 2000
Ocrober 17,2000
(modified)
開発を推進する理由
歴史は、常に革新を予言する。
オープンソース、フリーなソフトウェアの登場は、ソフトウェアビジネスの在り方を根底から覆そうとしています。人々は、良質なソフトウェアを、無料で得ることができるようになりました。ソフトウェア企業は、開発業務からサービス業務への、質の転換を迫られています。
このような状況の中で、独自のソフトウェアを開発する時代は終わったという意見があります。とくにOSに関しては、開発コストを勘案して、Linuxという優れたソフトウェアの存在によって、開発そのものを無駄とする意見は強いようです。一見正しいように感じられるこの意見には、歴史の検証が抜けています。
1960年代、コンピュータ市場はIBM一社寡占の状態でした。
オープンであるかどうかという違いはあります。しかしながら、事実上の標準(当時はOS/360)が存在し、その開発コストから勘案して、競合するOSを作るより互換機を選んだほうがよい、と誰もが考えた時代でした。
翻って、40年後の現在、家庭にあるパーソナルコンピュータのOSとして、大型汎用機で用いるOSが載っているでしょうか? 1980年代のパーソナルコンピュータでは、軽量なOS(DOS, MacOS, BTRONなど)が必要でした。現在のPCが持つ演算能力は、40年前の大型汎用機を凌駕するものです。それでも、現在、OS/360を、純粋な知的好奇心以外の理由で、PC上に再現しようとする利用者はいません。
2000年の現在、PDAのエリアにおいて、パーソナルコンピュータにおける事実上の標準を継承するWindowsCE搭載デバイスより、新たなOSであるPalmOS搭載デバイスのほうがシェアを獲得しています。このことは、現在においても、新たな環境では新たなOSが求められる、ということの論拠になります。これらのPDAよりも、遥かに出荷台数の多い携帯情報機器である携帯電話では、ITRON仕様に準拠するOSが、圧倒的なシェアを持っています。
ある時代において最良のOSが、次の時代においても最良とは限りません。OSとして何を選ぶか、ということは、利用者がどのように使うか、ということのみにかかっています。そして、時代はデスクトップから、モバイルへ、PDAからウェアラブルネットワークへと移行しつつあります。
Linuxは、ひとつの時代を築きました。Windows、MacOS、PalmOSも、一つの時代を象徴しています。現在、事実上の標準の地位にあるこれらのOSは、次の時代も担うのでしょうか。新しいOSが登場するのでしょうか。もしくは、従来の考え方を覆す何かが登場するのでしょうか?
厳密には、次の時代における真実は、誰にも予測できません。
ただひとつ言えること、それは、「歴史は、常に革新の登場を予言している」ということです。